2009年9月23日水曜日

見所多し!レバノン観光

今日、9月24日現在はキプロス共和国に居ます。
素敵なビーチで毎日ぼーっとしまくりの生活を送ってます。。
日本で忙しく働く皆さん、すみません(笑)

さて、キプロスの前にいた国、レバノンについて載せませすね。
写真の掲載順序を間違えましたが、下記は宿で一緒だったDavid。
彼は本当にいい人!アメリカ人でベトナム戦争にも医師として派遣され、
今はAUB(ベイルート・アメリカ大学)で教授をしている。
アメリカ人らしく超陽気な人で、一度だけ少し話した私を何故かとても
気に入ってくれて、私が発つ日はいつだ?その日は彼女と皆を誘って
ディナーに行かないと!と宿のマネージャーに言っていたそう。

でもそのマネージャが結構感じ悪いおっさんで、私はその事を知らなかったから
他のメンバーと夜、遊びに行ってしまった・・・。
戻ってきたのは、深夜2時過ぎ。でもDavidは起きて外で待っていてくれて
赤ワインまで買っておいてくれた。なんて素敵な人だ!
彼についてはまた、後で話しますね。





さて、シリアのダマスカスからまたセルビス(乗り合いタクシー)で
レバノンの首都、ベイルートに向かう。一人500SP(約1200円)。
そのセルビスで一緒になったレバノン人の親子。
最初、セルビス乗り場で会った時は
「怖そうな人(特にパパ)だな・・・・」と思ったけど、このパパがとにかくいい人。

息子がどっか行ったなぁ、と思ったらパパの指図で私への水などを買いに走っていた。
そして、セルビスが到着。大体セルビスは辺鄙な場所で止まる。
そこからはTaxiで行くのだか、ここで観光客は大体ボラれる。
それはもうある程度仕方ないこと。交渉はするけどね。
でも彼らは降りてからも私の「地球の歩き方」の地図を見て、ドライバーに何度も交渉。
少しでも高い値段をドライバーが言おうもんなら「あっち行け!」とジェスチャー。
最終的にいいドライバーが見つかり、乗車。ここで彼らとお別れ。
彼らはベイルートから20Kmくらい離れた街、サイダという町に住んでいるという。

サイダに来たら必ず連絡するように、と息子の携帯電話番号を渡して
くれた。本当に毎度色々な人に助けられている。感謝しなければいけない。
でも、アラビア語を話せない私はどうやって連絡すれば・・・・(笑)
結局サイダにはいけなかったけど、感謝の気持ちとして1枚撮らせて!とパチリ。



さて、ベイルートの宿探しは困難だった。だって、物価が高い!
これはどの旅行者も言っていたが、本当に高い。日本並み?!とまでは
行かないけど、シリアに比べたら雲泥の差。
1時間くらい探して、ようやく1泊US$25の宿を発見。
部屋のコンディションは最悪だが、シャワー・トイレ、そして冷蔵庫もついているからヨシとしよう!
アクセスはいい場所にあるし。


レバノン、と聞くと皆さん。戦争真っ只中、という暗~いイメージですよね?
私も当初は行く予定ではありませんでした。

でも本当にいろんな旅行者が褒めるので、予定を変更して行ってみましたよ。
驚いた!見てよ、この町並み。ここは私が泊まったエリアとはまた別のエリアですが
ダウンタウンの中心。超~~~~~綺麗でしょう?さすが、中東のパリと言われているだけある。
(レバノンはフランスの統治国でもあったので、皆英語よりもセカンドランゲージはフランス語を話す)
ただ、こんな綺麗な街並みの至る所に戦車とソルジャーが迷彩服を着て機関銃を持って立って
いるのに多少違和感を感じましたが・・・・・
まあ、イスラエルとは常に緊迫状態にあるからね。。。いつ戦争が勃発してもおかしくないのは
確か。平和が当たり前と思っている
日本人には現実的に理解できないよね。

2005年に暗殺されたハリーリ元首相の霊廟。
レバノンの経済を軌道に乗せた人でもあるけど、自分の会社を都市開発の
請負会社として使ったことで私服を肥やした、とされる人でもある。


ハリーリ元首相の霊廟の横にある、モスク・ムハマンド・アミーン。
ベイルートの美しい街並みにとてもマッチしていました。



さて、日付変わって翌日はベイルートから35Kmくらい離れた場所、

ビブロスへ(日本にビブロスカフェって、ありましたね。。。)
別名、ジュベイルといいます。これまた美しい街でした。
下記はビブロスビーチ。欧米人がわんさかでした。
欧米人に大変人気がある場所。

ビブロスの街並み。


下記は聖ヨハネ教会。美しい教会です。
こで挙式を挙げる事が、レバノンの若者の夢らしい。



シーフードが食べたいぞ!と、近くの魚屋さんへ。


新鮮な魚をその場でフライ!


超~~~~~美味しそうでしょう?

揚げたせんべいみたいなのに載せて、ライムを搾って食べる。
うまい(笑)!

これを持って近くのビーチへ。ビール飲みながら食べると更に美味。
そして目の前は地中海!なんという贅沢。大満足でした。



そういえばこの日、カフェでお茶していたら突然花束を貰った。驚いた!
なんかこの人、ずっと見てるな~と思って無視していたんだけど。。
一応、持ち帰ったけど$25の部屋には全く似つかわしくないくらい大き過ぎて
豪華な花。でも私は旅行者。
これを貰ったところで花瓶もないし、写真だけ撮って宿の人にあげました。



さて、またまた日にちが変わってこの日はベイルートから86Km離れた世界遺産、
バールベックに来ました。これが見たかったのよ!!!
アテネのパンテノン神殿をも凌ぐという壮大で優美。
入場料、1万2000LP(約850円)を払って中へ。
ここはヨルダンのぺトラなどと違って、こじんまりしていて見易い。

下記はバッカス神殿。

ジュピター神殿。



下記はジュピターの6本の大列柱とバッカスのライオンの彫刻とのコラボ映像!
美しい・・・・・・・。ここはカメラ小僧(いや、おじさん)が三脚立てて撮っている人が多かった!
私だって、OLYMPUSのPENがある!
どうだ!満足すぎる一日だった!!!



はい、またまた日にちが変わりました(狭いレバノンに何日いるんだ。。。)
本当は3泊してキプロスに行こうと思ったんだけど、ベイルートからキプロスは
船が出てないらしい。。。
(地球の歩き方、、、、情報が結構あてにならない時がよくある、、、
まぁ、でもBetter than nothing。というより無いと以外と困る(笑)今回の旅では特に。
(ある友人にとても感謝してます!)

なので、急遽フライトを押さえたので、1日延泊した。
この日、何しよっかなぁ~とカフェで朝食を食べていたら、
前からDayTourに行かないか?ベストプライスで、
とよく言ってきた宿のマネージャー(嫌い)が
カフェまで迎えに来て、もう一人いるから半額でいいよ、と。

まあ$20だし、雨降って来たし、まだ私が行ってない場所だったし、
いっかぁ~と思って参加した。
先ずは、高台に聖マリア像があってロープウェイから、下に降りる。
ベイルートが一望できる場所、絶景でした。

今回のツアーにあと一人、宿で働くシリア人のMaher君の妹もJoinした。
アラブの女性は黒い衣装で髪や顔を隠すのですが、神秘的で一緒に写真撮りたい!
と思っていたけど、中々そうもいかない。勝手に撮っては失礼だし宗教上難しい。
でも今回彼女も一緒だったので沢山写真を撮りました!彼女は兄の所へ遊びに来たのだそう。
(シリアの私の大好きな場所、アレッポから!) また18歳。。。若い!

そしてこの後、ジェイタ洞窟というところへ行ったのですが
「洞窟~~~?! 興味ないなぁ~大したことないだろう。。」とタカを括って中へ。
超~~~~~~~~~~~~~~~
驚いた!天然でこんな鍾乳洞が出来るなんて!と本当に驚きました。
残念なことに、一切撮影不可。カメラ、携帯は入り口で預けなければならない。
超~~~写真撮りたかった!!!!! 

下記のURLを是非チェックください。。。
http://www.jeitagrotto.com/index/gallery/


夜のモスク、綺麗じゃない?!(少し酔っ払っていたのでブレまくりですが・・・)


この夜は今回一緒にツアーに行ったトルコ人のFatihと、
ベイルートの大学でネットワークテクノロジーを学ぶ、ケニアからの留学生Peter、
シリアから来てこの宿で働くMaherと4人で日本でも最近はめっきり行かなくなったクラブへ!
ベイルートのクラブ、中々よかったですよ。中々お洒落だった。

私の右隣にいるのが、シリア人のMaher君、19歳!
彼は、結構少ない給料でこの宿で働く。
宿の嫌~~~なオヤジのマネージャーが彼の親と知り合いなので
夜遊びなど許さないそう。

ベイルートへ来て3年、夜遊びは今日が初めてだって。
彼は一生懸命英語を学んでいる、そして教授のDavid。
彼が、このシリア人のMaher君をとても可愛がっていて
授業料などのお金など全てサポートしてあげるからアメリカに
行け、という。こんないい話なのに彼はYesといわない。

家族のことなど、色々事情がある。
シリア人である彼はイスラミック。いくらアメリカ人の
Davidがいい人でもアメリカに行くのはシリア人の親であれば許さないと思う。
アメリカがイスラエル(ユダヤ)と親密なのは誰もが知ること。

ただ私は 「チャンスはものにして、そして人生に妥協はしないで」と
何度も言った。Davidも、「あなたの言うことなら聞きそうだから、言って!」と、
何度も言ったけど、彼は笑うだけ。。

何かとても切なくなった。日本はとても豊か。何が豊かなのか価値感はそれぞれだけど
当たり前のように勉強できて、生活も出来て、今の時代は終戦後100年も経たないのに
まるで戦争などなかったかのように、戦争について語れる若者は少ない。それが日本の
教育だけど。。。ただ、普通の教育は女性でも受けられる。少なくとも義務教育は。。

そして切磋琢磨することは格好悪いと思っている人も少なくない。
でも、この旅で出会う人は結構努力している人が多い。
そして自分の国や他の国の歴史をよく知っている。

そして、日本のテクノロジーや文化を素直に褒めてくれる。
違う国に行った時、出会ったその人の国の何かを褒められるか?語れるか?
とても嬉しかったが、日本人は私も含めもっと沢山歴史や文化を知るべきだと思った。
「知らない」で済ますのではなく、「興味を持つこと」に妥協しちゃ駄目だなぁ、と。



一緒に飲みに行ったケニア人のPeter、めっちゃいい人!
超紳士だったな~~~。
ケニアに行くなら2年後にして!って、僕の今のコースが終わるから、
だって。トルコ人のFatihもとってもいい人。
Fatihは偶然にも以前Sydneyの大学に通っていて、4年間Sydneyに住んでいたという。
だから共通する話も多くて楽しかった。イスタンブールでは多分、お世話になります!

朝、7時のフライトなのにクラブから戻ってきたのは2時過ぎ。
そしてDavidがワインを持って待っていてくれたので、4時くらいまで話をして、
寝ずにシャワー、パッキング。5時過ぎに下に降りるとまだDavidは居た!
銭ゲバ・マネージャーが$15で空港まで送るといったのに
いない(これは正規な値段なのでOK)。近くに住むマネージャーを起こしに行ってくれて
会計するときに、このマネージャー、US$の釣りがないという。
Davidは「レバノンを離れる彼女にレバノンポンドでお釣りを返してどうする?
って言って、端数の数十ドル分は彼が払ってくれた。。。。マネージャーは
ためらわず受け取る。嫌なやつ・・・。

Davidともここでお別れ、と思ってHUGしようとすると
「ぼくも空港まで一緒に乗って行って、見送りするよ!」ですって。
そして車中の会話で、

David 「昨日、皆と飲みに行って、皆奢ってくれたかい?」
私 「いえ、自分の分は自分で払いましたよ」
銭ゲバ 「Peterも留学生、Maherは低収入、そんなお金があるわけないだろう!
     彼女が誘ったんだから、彼女が全部皆の分も払ったんだろ。当然だ」

だって。イラっとした。誘ったのはトルコ人のFatih、私じゃない。
Maherも行きたい!と行ってついてきた。
Peterは私の飲みもの代を全て出してくれて、Maherも
払う、というのにTaxi代は全てだしてくれた。フライトが早い私を気遣って、
Fatihはずーっと踊り続けるMaherをなんども宥めて帰ってきた。
皆紳士だ。クラブ代は皆それぞれ出したけど、奢ってもらおうとして行ってないし、
ましてや私に奢ってもらおう、と思っている人なんて誰もいない。
多分、夜遊びをしないMaherを誑かしたのはこの女だ、とでも思ったのでしょう。
こんな人の下にいないで、Davidとアメリカに行きなさい!
と心から車の中で思った。

そして空港に着いた。銭ゲバには「シュクラン(ありがとう)」と目もあわせず
降りると、Davidは私の荷物を運んでくれて、
「昨日、いくら払ったの?レディーがそんなことしちゃだめだ!僕が払うよ。」という。
私は、「そんな事する必要もなし、私は自分の分を少し払っただけで皆、紳士だったよ!
彼(銭ゲバ)の前で言うと、皆、金あるんだ、と彼が思って給料減らされたら嫌だな、
と思って何も言わなかっただけ」と言った。

すると彼はトルコ石の素敵なネックレスを 「これ・・・」と
言って照れながら渡してくれた。わざわざ選んでくれていたんだ!と感動!!
それは喜んで受け取って、HUGをした。
「アメリカに来るなら、僕の家に泊まって!誰もいないから好きにどうぞ」だって。
本当に素敵な人。教授なのに偉そうなところがひとつもない。
どうかその素敵なフレンドリーシップの精神をあの銭ゲバに教えてあげてください
(よほど嫌い。。。私)

その素敵なネックレスをつけて、Gateに向かい私は次の国、キプロスへ!
長~~~いブログになりました(笑)。
毎日書けばいいんだけどね、、中々ね・・・・。
では次はキプロスを書きます!

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